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福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)789号 判決

控訴人(被申請人) 田口豊彦 外三名

被控訴人(申請人) 八幡製鉄株式会社

主文

原判決中控訴人等に関する部分を取消す。

控訴人等に対する本件仮処分申請を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は第一、二項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項ないし第三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の陳述した本件事実関係は、原判決に摘示するところと同一であるからこれを引用する。(証拠省略)

理由

一、事実上の判断

原判決がその判決書一〇枚目表二行目から一三枚目裏六行目まで及び一五枚目表四行目からその裏三行目の「認められる」までに示した事実上の判断は、次の事項を追加訂正するほか、当裁判所の判断と同一であつて、新たに当審で提出された各疏明によつてはこれをひるがえすにたらない。そこで原判決の当該理由をここに引用する。

原判決書一〇枚目表末行の「証人馬場要」の次に「同永井富男」を、その裏一行目の「第一一枝寮において」の次に「同寮自治機関の決定に基き」を、同五行目の「講師」の次に「九炭労天野順二」をそれぞれ追加し、一三枚目表一一行目の「第十五条の三」を「第十五条の二」と訂正する。

二、事業の附属寄宿舎における労働者の私生活の自由と使用者の管理権

被控訴会社が設置した本件第一一枝寮及び第二一枝寮が、労働基準法第九四条にいう事業の附属寄宿舎に該当することは、さきに認定した事実によつて自ら明らかである。

事業の附属寄宿舎は、使用者がその事業に要する労働者を確保する必要上、事業施設の一部として設置するものであるが、そこは寄宿労働者の私生活の場所である。私生活の自由は憲法によつても保障されているわけであるが、過去における寄宿労働者の私生活の自由が使用者によつて著しく拘束された旧弊に鑑み、労働基準法第九四条は特に、使用者が寄宿労働者の私生活の自由を侵し、その共同生活に関する自治に干渉することを禁止しているのである。

しかし寄宿舎は使用者が設置するものであるから、寄宿舎の建物その他の設備について使用者が物的管理権を有することは疑いをいれない。又寄宿舎は労働者が共同生活を営む場所であるから、共同生活上の秩序が維持されなければならない。もし労働者の私生活の自由と自治が絶対的のものとすれば、この共同生活上の秩序の維持は、寄宿労働者の協同体の自治に専属すべきものである。しかるに労働基準法第九五条は、使用者がその義務として作成すべき寄宿舎規則中、寄宿労働者の起床・就寝・外出・外泊・行事・食事・安全及び衛生に関する規定を作成し又はこれを変更するには、寄宿労働者の過半数を代表する者の同意を要するものとし、労使双方とも寄宿舎規則を遵守すべきことを規定している点からみると、労働基準法はこれらの共同生活上の秩序に関する事項を労使双方の共管事項とする趣旨と解せられるのである。このことは、寄宿舎が使用者の事業上の必要に基き事業施設の一部として設置されるものであることから考えて、理由のないことではない。しかし寄宿労働者の私生活上の自由及び自治の原則に顧みて、共管事項とはいえ、共同生活上の秩序の維持に関する人的管理については、寄宿労働者の意思の優位を認めなければならない。そしてこのことは、共管事項に関する規定の作成においても又その規定の運用においても肝要なことである。しかしともかく使用者は、寄宿舎の施設の維持に関する物的管理権とともに、共管事項としての寄宿舎の共同生活上の秩序の維持に関する人的管理権を有する。

ところで、寄宿労働者の私生活上の自由と使用者の物的又は人的管理権とは、相互に関連する場合が多いので、その一方を強調すると他方が害されることになる。それ故両者の間に一定の合理的限界が必要である。その限界は、寄宿労働者の私生活上の自由及び自治の原則と使用者の管理権との法上の評価に従つて定まるべきものである。このような観点から考えると、使用者の物的管理権は施設の維持に必要な限度に止め、その人的管理権も寄宿舎を設置した目的を達成するに必要やむを得ない限度に止めなければならない。従つて使用者がこの限度を超えて労働者の私生活に規制を加えることは違法であり、労働者はその正当な範囲における管理上の規制に服しなければならない。

三、控訴人等の本件講演会に関する行為と被控訴会社の寄宿舎規則との関係

控訴人藤井は昭和三四年八月一二日第一一枝寮の自治機関の決定に基き、同寮内で外来講師を招いて講演会を開くにあたり、寮務係員にこれを拒否されたので、講師との面会について係員の許可を受け、寮の面会室において他の寮生とともに面会に藉口して講演会を開き、控訴人田口は同月二四日第二一枝寮の自治機関の決定に基き同寮内で同じく外来講師を招いて講演会を開くにあたり、拡大常任委員会を開くと申出て寮務主任の承認を受けたが、その意図を察知した寮務主任等に拒否されたので、他の控訴人等とともに実力をもつてこれを排除し、寮の娯楽室において講演会を強行し、そのため寮内を喧そうならしめたこと、並びに被控訴会社住宅課長が控訴人等の右行為をもつて被控訴会社の寄宿舎規則第一五条の二、第一七条及び第一九条に違反するものとして、同規則第一三条によつて控訴人等を退寮処分に付したことは、すでに認定したとおりであつて右規定の内容を示すと次のとおりである。

第一三条 寮生が左の各号の一に該当するときは、住宅課長はこれを退寮させることができる。

一、この規則に違反し、その他はなはだしく共同生活にそぐわない非行があつたとき。

二、(省略)

前項の規定により退寮させようとするときは、住宅課長はあらかじめ当該寮の自治機関の意見を徴するものとする。

第一五条の二 寮生は寮内でけんそうにわたり他人の睡眠を妨げるような行為をしてはならない。

第一七条 寮生が外来者と面会しようとするときは、寮務主任に届け出て、所定の場所で面会しなければならない。

第一九条 各寮寮生に関する行事は、その寮の自治機関がこれを定める。但し寮の管理業務に関連する事項については、あらかじめ寮務主任と協議しなければならない。

これらの規定のうち、第一九条但書の「寮の管理業務に関連する事項」については、ここに一言する必要がある。関連という意味をもつとも広義に解するときは、寮生の寮における私生活上の行事はそれが寮の施設を使用して行うものであるという一点からいつてもことごとく使用者の管理業務に関連するものとして、協議による使用者の規制を受けざるを得ない。しかしこのような広汎な私生活上の規制を定めたものとすれば、労働基準法第九四条に照しその規定自体の効力が疑わしくなる。それ故ここに「関連」とは、その行事が使用者の管理権に障害を及ぼす恐れがあり得るという意味での関連と解するのが相当である。そして或る種の行事によつてこのような恐れがあり得る場合でも、具体的の行事について果してその恐れがあるかどうか、又それを防ぐことができるかどうかを検討することが、ここにいわゆる「協議」であろう。協議の結果もしそのような恐れが認められないならば、使用者はその行事を拒否することができないことはいうまでもない。もしこれを拒否すれば、労働者の私生活上の自由の侵害として、労働基準法第九四条に違反することになる。

それでは控訴人等の前記行為は被控訴会社の寄宿舎規則に違反するかどうか、この点について判断する。まづ、寮生が寮において行う講演会が前記規則第一九条の「寮生に関する行事」にあたることはいうまでもない。又寮において講演会を開く場合、聴講者の範囲や数及び会の運営等の如何によつては、寮の施設又は共同生活上の秩序の維持に障害を及ぼす恐れもあり得るから、前叙の意義において使用者の物的又は人的「管理業務に関連する事項」ということができる。従つて控訴人等は本件講演会を開くにあたり、あらかじめ寮務主任と協議しなければならなかつたのであつて、その協議をしないで講演会を開いたことは規則第一九条に違反することになる。又控訴人等が第二一枝寮において講演会を開くにあたり、実力を行使し寮内を喧そうならしめたことは規則第一五条の二に違反するものである(控訴人藤井が第一一枝寮において寮内を喧そうならしめたことは本件疏明によつては認められない)。

なお被控訴会社は、控訴人等の行為は規則第一七条の面会に関する規定にも違反すると主張する。しかし第一一枝寮の場合は、届出でより一歩を進めて外来講師との面会の許可を受け、面会室において講師と応接したことは、すでに認定したとおりであるから、規則第一七条に問擬する余地はない。第二一枝寮の場合は面会の届出でをして面会室で応接したのではないが、寮に外来講師を招いて講演会を開く場合は、当然講師との面会も必要であつて、この場合の面会は講演会行事の一部にほかならない。従つて事は、あらかじめ協議しないで講演会を開いたことの適否の問題であつて、これを面会に関する規定違反の問題として論議することはその当を得ない。

四、本件退寮処分の効力

控訴人等の行為が前記規則第一九条及び第一五条の二に違反するものである以上、被控訴会社住宅課長が規則第一三条によつて控訴人等を退寮処分に付したことは、その限りにおいて一応正当である。しかるに控訴人等はこの処分をもつて民法第一条に違反するから無効であると主張するので、さらにこの点について判断する。

寮において講演会を開くことによつて、使用者の物的又は人的管理権に障害を及ぼす恐れのあり得ることは、すでに述べたとおりである。しかしこのような障害が起ることは、実際上むしろ少ないと考えるのが常識であろう。本件講演会についていえば、この講演会は寮生がその自治機関の決定に基き、人として労働者としての教養のために開いたものであつて、聴講者は寮生に限られ、一般の部外者に開放されたものではない。講演会自体によつて寮内を喧そうならしめることも考えられない。寮生の催しである以上は、在寮生全員に聴講を呼びかけてもそれはむしろ当然のことであつて、そのため全員が聴講するとは限らないし、収容能力に応じて人員を制限することも可能である(実際においても聴講者の数は収容能力を上廻つていなかつたことは、原審証人永井富男、野村勇等の証言によつて認めることができる)。ただ講演会の開催後、聴講しない寮生が会場にあてられた面会室又は娯楽室を利用することは妨げられるけれども、寮生の自治機関の決定に基く講演会である以上は、それもやむを得ないことであつて、少なくも使用者がこれに容かいするほどのことではない。その他本件のすべての疏明からみても、本件講演会を開くことによつて、寮の施設又は共同生活上の秩序の維持に障害を及ぼす恐れがあつたとは認められない。それ故もし控訴人等があらかじめ協議をすれば、寮務主任としては当然講演会の開催を認めなければならなかつたはずであつて、これを拒否すべき正当の事由はなかつたものと認めざるを得ない。(被控訴会社及び戸畑市の経営する会館や公民館が手近かな位置にあるとしても、これをもつて拒否の理由とするにたらない)。

しかるにすでに認定したとおり、被控訴会社住宅課長は、本件講演会に先きだつ昭和三四年七月三〇日の寮運営協議会において、部外から講師を招いて講演会を開くことには寮の施設を貸すことができないと言明し、同年八月一二日の寮運営協議会においても同様の態度を固持したことと、寮務主任等が本件各講演会をしつように拒否したこととを考え合せると、被控訴会社はたといあらかじめ協議を受けても、この種の行事を拒否する意向であつたことは明らかである。

もつとも、控訴人等が本件講演会を開くにあたり、部外者との面会又は拡大常任委員会の開催に藉口した態度は誠実とはいえない。ことに第二一枝寮の場合、実力を行使して寮内を喧そうならしめた行為は責めらるべきことである。しかしそれも被控訴会社側が正当の事由がないのに、何故か部外講師による講演会を認めない意向を固持し、しつようにこれを拒否したことに起因するものと認められる。そのためたやすく控訴人等の責任を不問に付すべきものではないが、被控訴会社自ら、正当の事由がないのに、寮生の私生活上の行事を拒否し、その私生活上の自由を侵害しながら、通勤可能の地域に居住の便宜の少ない控訴人等を、前記違反行為について退寮処分に付したことは、処分権の濫用と認めざるを得ない。勿論このことは必ずしも、控訴人等の違反行為に対する他の如何なる処分も、処分権の濫用となることを意味するものではない。たゞ被控訴会社の寄宿舎規則には退寮処分以外の処分を規定していないため、右違反行為に相応する他の処分に付することはできないが、それは同規則自体の問題であつて、前段の論旨に消長を及ぼすものではない。そして本件退寮処分が権利の濫用である以上は、その処分は無効である。

五、結論

以上説明のとおり本件退寮処分が無効であるとすれば、被控訴会社には寮生たる控訴人等に退寮を要求する権利がないから、その権利保全のためになされた本件仮処分申請は、爾余の争点について判断するまでもなく、その理由がないものとして棄却しなければならない。これに反する原判決はその当を得ない。

よつて本件控訴を理由あるものと認め、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条、第七五六条の二を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 池畑祐治)

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